久々に『好きな漫画が原作だから~』とかの延長線ではなく、長女にもオススメをされて観に行った邦画。なんだかんだで雑食のように映画や舞台を観に行く長女。その時に良かった作品は、熱量すごくオススメしてくれるんだけどね。
なんというか、その時にチビ達の看病とか色々とタイミングが合わなくて、オススメはオススメで終わるのが通常なんだけど…。今回はタイミングが良くて、観ることができた【国宝】なのです。実は次女もコレ観ていたから、観てきた報告した時に「理解できた?」と言われたけども…。

「(映画作品は)理解は出来た。理解は出来たけども(ストーリーとしては)消化不良」と伝えると笑っていた。この作品って三者三様、十人十色だと思うが…なんというか…私からすると人間味臭かった。もちろん舞台で立つ女形はキレイで惹き込まれるけど、その過程まではドロドロ。
1人の人間が芸に生きる意味、その人を支える意味が詰まった作品。原作を読んでいないのだけど、原作では個々が深掘りされているというのをネットで知って気にはなっている。でも映画の感想は映画だけで…と思って見ていない(苦笑)映画として出来上がるまでに構想込みで約7年よ?そこに小説情報入れたらダメでしょ(笑)

舞台は長崎から始まるけども、一瞬作品を間違えた?と思うくらいの任侠でビックリ。だけど、これが最後まで繋がるのか…って最後には伏線回収されていた。今は男女の性質が変わってきているから違うかもだけど…九州の男って自分勝手というか俺様?の亭主関白だったりする。(sakurabellの亡き実家が九州だったから分かる性質)
血の気が多いとも言うけど…大人しそうに見えて沸点おかしい。そんな自分勝手を追い掛けてきた幼馴染?彼女の春江が、作品の最後まで居たけども…。なんというか彼女が歴代の彼女達よりズル賢く見えた。支えていた喜久雄からのプロポーズを蹴って、心ここに在らずでも喜久雄の近くにいた春江。

春江は誰かを支えることで自分の存在価値を見ていたんじゃないかな~って思う。けど芸に貪欲な喜久雄にとって、どんなに過酷でも新しいことを学ぶ嬉しさに春江の支えはいらない。そして華やいで売れていく喜久雄に春江は寂しかったのだろう。そんな時に闇落ちした?しかけた?俊介の方が支えやすかったのかもしれない。
パートナーチェンジ?尻軽と言えば聞こえは悪いが、春江の支えがあって俊介は芸に打ち込めたから相性の問題か…。だって歌舞伎の奥さんがイヤだった訳じゃないようだしね。だって俊介とは結婚してたもん。でもさ…どんな立ち位置であれ、結果的に春江は喜久雄の近くに最後まで居たのだから春江の1番は喜久雄だったのかな。

「(俊介の)血が欲しい」と願う喜久雄と「芸があるやないか」と才能を羨む俊介。しかし春江が歌舞伎の世界に存在できたのも、歌舞伎の血を繋いだからであってさ…。ここでも喜久雄が欲してた血が絡むという。なんというか因果なものだよね。
最初のころ春江は「(喜久雄が)居なくなったら生きていけない」と言って一緒に入れ墨を入れていたが、ある意味…喜久雄と一緒にいるために別の男の血を繋いだともいえる(笑)けど最後の最後では血など関係なく喜久雄が人間国宝になったのだから、血よりも芸ってことで勝ったになるのだろうか?

だって俊介の息子が居るから血は続く、血は続くが教える俊介の描写がなく喜久雄が教えていた。その描写が伝統を後世に繋げるというバトンは、血など関係ないに見える。そう考えると今回は芸が勝ったになるのだろうか。俊介の息子くんがバトンもらった後は…分からないから【今回は】ね(笑)
そうそうコレを観ていたら、喜久雄と俊介が魂の片割れに思えて仕方なかったんだよね。魂の片割れ=ソウルメイト。簡単に言うと、お互いが居なきゃダメだしパートナーにも言えない本音を見せれる相手。そして実は似たような運命を経験する。

性格というか感覚や好みが似ているから、磁石みたいな2人で出会ったら別れるが出来ない。離れても必ず交差するから性別とか関係なく気付いたら恋人、もしくは恋人みたいな関係性の親友になる。作中で言うと喜久雄と俊介の関係性だよね…。腐女子だとBLに見えて尊いになるかも(笑)
でも、このソウルメイトって厄介な生き物でさぁ~。本人達の成長のために色々と周りを巻き込んで不幸にしていくのよ。そして周りも傷付くの分かっていて近付くから最終的には誰も恨めない。これは作中で言うと喜久雄の歴代の恋人になるかしら?「二号さんでも三号さんでも良い」と言った花街の藤駒、子どもが出来たのに本妻さん居ないのに日の目は見ず。

歌舞伎から逃げた俊介が戻ってきたタイミングで、交代するように喜久雄が歌舞伎界から追われてしまう。そんな何もなくなった俊介を歌舞伎の実家に勘当されても傍に居て支えた彰子。きっと藤駒も彰子も、喜久雄が大好きだから『私だったら支えれるかも?救えるかも?理解出来る』って思っただろうが現実は違う。支えるという点では、春江でもダメだったんだから無理だろう…。
この支えが出来るのは、片割れの俊介しかできない。はぁ~?って思うかもだけど、代役で喜久雄が曾根崎心中のお初を初めて演じた姿に嫉妬して、喜久雄の芸に打ち込む狂気を感じて舞台姿を見て涙した俊介。逃げではないと本気で芸と向き合いたいと泣きじゃくりながら、一時でも歌舞伎界から逃げた彼しかできない。

同じように地獄を味わった本物だったから結局お互いが、お互いを求めて歌舞伎に舞い戻ってしまうのよね。これは腐れ縁とかよりも片割れかも?で思い始めて、惹き込まれた時に俊介自身の幕引きに選んだ曾根崎心中が鳥肌よ…。
曾根崎心中ってのはね?簡単にいうと…ただ好いた人と一緒になりたかっただけの話。なのに、徳兵衛の叔父が思い描いてた思惑に徳兵衛が巻き込まれて、人に騙されて金も地位も名誉も失う。今の時代じゃなくて江戸時代は、住む土地や仕事を自分の意志で変えるなんてない。失ってしまえば、這い上がることなんて出来ない。

だから叔父の思惑に乗れば良かったのに好いた人を選んだ徳兵衛。そんな徳兵衛の尊厳を守るには、一緒に死ぬ道しかないと考えたお初。今世では寄り添うことが出来ないならば、せめて黄泉の国だとしても添い遂げることを選んだ2人の愛のカタチ。
一応大阪で実際に起きた事件を元に歌舞伎作者の近松門左衛門が、ドラマチックに書いているけども江戸時代は身近な存在に添い遂げた意味合いの心中というワードに人々の心を掴んだ。たしか実際は友人に裏切られて遊女と~だけだったから作者の腕は凄いよね。

ちなみに曽根崎心中って、実は神社あるの知っている?曾根崎心中って死ぬから、私からするとあまり…なんだけどね。添い遂げるという部分で、今や恋人の聖地で両想いを願っての参拝が多い神社。まぁ~江戸時代は天神の森と言って敷地が森のようだった神社なのよね。
そこ一角で心中しちゃったから、神社が曾根崎心中によって聖地巡礼みたいになっちゃったというワケ。今は都会のど真ん中にある東梅田にあって、お初さんにちなんで【お初天神】と呼ばれる【露天神社(つゆのてんじんじゃ)】なので気になる方は行ってみてね。

そんな曾根崎心中の内容が喜久雄と俊介の芸(愛)のカタチ、役者としての生き様にも見えた。俊介は血の呪縛がなければ、もう少し生きれたかもしれない。逆に歌舞伎がなければ生きてこれなかった喜久雄。陰と陽、光と影そんな2人が半半コンビで終わりを迎えるには曾根崎心中は正解だと言える。
いやぁ~曾根崎心中と半半コンビの心情が重なりすぎて、私の中では最後は伏線回収だらけで飽きずに観れた作品でした。「3時間が長くは感じない。あっという間」と長女さんに言われていたけど納得。ただ内容が濃すぎて、時間は確認したけどね…。もう少しあるよね?大丈夫よね?って感じで(笑)

そう言えば作品の中で、国宝と言われていた万菊を演じた俳優【田中泯】さんに釘付けでした。ずーっと、あれ?誰だっけ?知ってるはずなのに…出てこない。メインメンバーで名前出てこなくても、なんとなく理解しているのに彼だけ出てこない。ってことは歌舞伎役者さん?
さすがに子役とかは分かんないけど、大人メンバーは分かるはずなのになぁ~って落ち込んでおりました。あっ後ろ姿ばかりだった大人になった喜久雄の娘は分かんないです(苦笑)それでも気になる方はチェックしているのに…なんか腑に落ちない感じでした。

観た日は予定を詰め込んでて案外バタバタで、ゆっくりと作品に浸ったのはコレを書き出した7月20日。観てきてから1週間くらい経ってからなんです。書き上げるまでに時間かかったけど、これを書くにあたって改めてYouTubeで公式動画を見た時に「あぁ~~!あの人やん!化けすぎ!!」となりました。
高橋一生さんが好きで観てたドラマ【僕らは奇跡でできている】が初めましてだったんですけどね。ちょうど長女の関係性に悩み、次女の不登校に悩み、末っ子が産まれて半年。もう色々とパンパンで、メンタルがヤバくてハゲまくってた時に観てたから役柄の言葉が刺さってね(その話は別で書くね(苦笑))

あとで調べてみたら、肩書きがダンサーっていうのも興味持ったんだけど…。出演作品を探して見るまではしないけど、それでも他の作品に出ている時にはスグに気づいてた自分が【国宝】では気付かなかった。それぐらい憑依されてたということだよね。本気で女形の歌舞伎役者さんと思ってたもん。だけど気付かなかったのは地味にショックよね(苦笑)
国宝は、まだまだ上映しているようです。って言っても映画館によっては今月で終わるようだけど…もう一度観に行きたいと思ったくらい私の中ではリビありな作品です。良くも悪くも1回で満足する作品が多い中で、また観たいって珍しいんですよ。

ほら私は長女のように舞台俳優さんでもないし、次女のように学生でもないので…。学ぶために何回も見るって作業は必要ないんですよね。それでも観たいと思うのは、それだけ作品が凄くないとないことなので(;^_^A
案外このサイトで考察している作品は、私の中で太鼓判だったりするかもしれません。ビジネスで書いてないから好き勝手だもん。その証拠に喜久雄が追いかけている風景って、こうだと思いますって書くのは難しいって思うんだよね。

だってアレは父親が亡くなる時に見せた死に様の風景、雪が降る風景が衝撃的に脳裏に焼き付いている。その風景は喜久雄に死の恐怖を植え付けるだけでなく、生に対して執着した風景でもあると思っている。だから死ぬ間際にならないと納得した風景は見れないんじゃないかな~と思う。
それをビジネスだったら、答えを探そうとするやん?あの時に見たのは、そうだと思うとか劇中で答えを見つけ出そうとするやん?だって記事見て欲しいもん(笑)ググる時にワードにヒットして欲しいもん。けど好き勝手だから言えること、答えは喜久雄が亡くなる時しか出ないよねぇ~で終わる(笑)

そして前情報なしで観に行っているから、この最後の最後に流れてきた音楽は鳥肌もん。いやぁ~作品って音楽ありで形づくると思っているけど、この曲「Luminance」が必要だと納得してしまう。いやぁ~某映画の時もKingGunの曲はズルいと思ったけど、その時以上に思ったよ…。この人の歌声って言うのは惹き込まれるよね。独特の世界観は声楽学んでたからかな~。
最後のエンドロールで曲が流れてきた時の満足度?これは凄いよね…。たまにあるやん。曲は素晴らしいけど、この曲は違うよねぇ~っていう感じ。何様?ってなるかもだけど、作品だけでなく音楽でも惹き込まれる国宝は素敵よね。まだやっていたら是非劇場で観てほしい作品。私はチビ達が夏休みに入っちゃって2回目は無理だったから、ネットを待とうと思います。
画像:公式の東映YouTube国宝
sakurabellが撮影した写真より
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