もう先々月になるのだけど、公開から1ヶ月遅れで「竜とそばかすの姫」を観てきました。(書くのが遅いのは、もう安定な感じよね汗)酷評もあったようだったので、前情報を入れずに観てきたのですが結論から言うと凄かった。いやぁ~久々に劇場で、もう一度観たいと思ってしまった。
この映画を観ようと決めたのが、観てきた前日の夜中・・・。そして観た次の日にはチビ達が体調崩して保育園を休んだりしたので、タイミングが本当に良すぎた。バタバタだったけど観てよかったと思っています。今更ですがネタバレありの感想をどうぞ。
目次
【竜とそばかすの姫】のあらすじ
主人公の鈴は、幼い頃に母親を水難事故で亡くしている。母親が水難事故で亡くなった理由を幼い鈴は受け止めることが出来ず、母親と唄っていた大好きだった歌を唄うことが出来なくなってしまった。母親を失ったことで父親とも距離が出来てしまい、心にある不満を曲作りにぶつける日々。

ある時、親友のヒロちゃんに仮想空間の「U」へ誘われて参加することになる。そこでは「As(アズ)」という自分の分身を作り人生をやり直すことが出来たのだ。現実世界では唄おうと努力しても、声が出なかったすずが分身のベルとしてならば唄えた。
現実世界の鈴と仮想世界のベルを唯一知るヒロちゃんのプロデュースによって、ベルは歌姫として成長していく。現実世界では隠れるように生きる鈴だが、Uでは堂々とベルとして楽しい毎日を送っていた。ある日ベル達が開催した数億人が集うAsでのコンサート会場で、突如現れた竜によってコンサートは台無しに…。

そんな2人の気持ちとは裏腹に・・・Uの秩序を守るため正義を掲げるAsとUだけではなく現実世界でも誹謗中傷が行われ、竜の排除という正体探しが始まっていた。別々の世界である現実世界と仮想世界が重なる時、竜とベルの間に奇跡が起こっていく。
音楽がメインだけある!!
この【竜とそばかすの姫】のはじまりは、オーケストラのサウンドで始まります。劇場が急に音楽ホールになった感覚で鳥肌もの!!劇場のマルチサウンドのおかげもあり、凄い迫力でドシンと体の内部に響き渡る感覚は劇場でしか味わえないと感覚だと思います。

もう吹奏楽部出身としては、あのサウンドを映画館で感じられるのはテンションが上がります。いやぁ~マジで生音に近いですよ?(さすがにリアルな音に比べたら違うのは前提の話)パーカッションから始まっていくサウンドのおかげで、一気に映画の世界観に引き込まれてしまいました。
頭の中はスネアドラムとティンパニーと~って頑張って楽器をピックアップしておりました。吹奏楽部やってた人ならば分かると思うけど、練習のために手本の楽曲を聴きながら楽譜と睨めっこして自分の音探ししてたあの気分です(笑)

【竜とそばかすの姫】の音楽は、すべて鈴とベルを演じられた中村佳穂さんが唄っています。この方の唄を【どんな系統】と言えばいいのか?と思った時に浮かんだのはUAさんと宇多田ヒカルさん。2人とも多様多種の音楽を取り組まれているシンガーソングライター。

2人の歌声を初めて聴いた時の驚きは今も覚えている。その時と同じ感覚を中村佳穂さんに覚えたのに劇中歌の【歌よ】を聴いた時、えっ?この人の正解は何?と更に驚きました。声優は今回が初の挑戦でオーディションで勝ち取った強さが見えて、誰かと重ねたことを本気でゴメンナサイとさえ思ったのです。
もう、これは中村佳穂さんではなく鈴が苦しんで紡ぎ出した言葉をベルが唄っていると実感しました。それもそれで凄いことなんだけど【歌よ】を聴いた瞬間、鈴が母親の愛を追い求めて母親に救いを求めている葛藤をヒシヒシと感じて泣いてしまった。

sakurabellも母親だから、他人の子であっても目の前で子どもの命が消えるよりは助けに走ると思います。だけど、それにより残した我が子のことを考えると涙腺崩壊でした。最近泣きたいのに泣けないという状況だったから、自分の浄化のためには涙腺崩壊は良かったかもしれない(笑)
【U】のはじまり

監督が「この曲をずっと観てた」と言ってた【そのいのち】という曲。いやぁ~これは、もう中村佳穂ワールドだわ。そして今聴いたはずの人が歌詞を知らずとも、口ずさみながら参加していける曲は【U】を思い出させるものだった。コロナじゃなかったら、どこからともなく合唱が始まると思う。
millennium paradeの常田大希さんが、とある番組の取材で「民族的な根源的な力が(音楽に)宿っていた方がいい。」と言われてました。この言葉を聞いた時、映画館で映像はベルが描かれて【U】を唄っているオープニングシーンを観ているはずなのに。

それなのにアフリカ音楽と土埃の中で民族がダンスしている風景が、一瞬にして記憶の中から思い出されたのだけど…あながち間違いではなかった。本当に29歳の年代は、音のジャンル区別がないから国境とかの区別もないのかもしれない。
そうそうmillennium paradeと聞いてもピンと来ない方いません?私はピンと来なくて、調べたらKing Gnuと出てきて「あ-------⁉」となりました(笑)そうなのです!【白日】を作詞作曲した方なのです。常田大希さんはマルチに活躍されている方だけど、最近音楽家という肩書を使っています。

【竜とそばかすの姫】の裏設定は?
この作品中で私が一番好きな曲が【歌よ】になります。【U】も素晴らしいのだけど、鈴の葛藤が現れている【歌よ】は何か今の自分ともリンクしている気がして惹かれました。「私以外うまくいってるみたい」とかなんて、首を縦に何回も振りたいくらい共感できる一文です。
【竜とそばかすの姫】での裏設定は、キャッチコピーの「誰しもが秘密を抱えているということ」に集約されているのではだろうか?と思います。リアルでは幸せそうに見えていても、実際は違ったりする。Azは現実世界で抑え込まれている部分が、その人の隠されている能力が無理矢理引っ張り出すことが出来る特殊な世界です。

鈴で言えば、母親が自分の元を離れて他人を助けて亡くなってしまって、失ってしまった歌声を生かすことが出来ました。そして、竜は日常で抑え込まれている怒りを爆発させた。だけど狂暴な部分が大きくなったことで、昔で言う「魔女狩り」が始まります。
中立ではない曲がった正義が正しいとされるのは、昔から変わらないのかもしれません。鈴の母親が亡くなったのは、雨の日に増水した川に取り残された子どもを救ったため。その結果、鈴は自分の傍にいることよりも他人を助けたという事実と心無い言葉で生きながらにして死んでるような時間を過ごします。

川に取り残された子どもを傍観してた人達は、何も言われず動いた鈴の母親は叩かれてしまった。それ以来、鈴は他人の言動を気にして他人の中で思い描かれる自分で生きようとします。自分がなさすぎると思うかもしれないが、心を守るために大切なことだと思います。
一方でUの世界で暴れていた竜のオリジンを見つけた時に恵が放った「助ける助ける助けるって、うんざりなんだよ」という言葉の本当の意味を理解する人は居るのだろうか?大抵の人は、境遇を可哀想にと思う?助けて貰えないことに可哀想と思うのだろうか?

これは、助けると言った人のエゴにうんざりしているのだと思う。「何ができるって言うんだ」に恵の答えがあったけども、助けると言った人は一応動いたんだよね。これで言えば恵の父親に注意?をした人達は、父親から反省の声を聞いたから安心して恵達に大丈夫という。間違いではないよね。
当事者からすると助けるっていうのは、このインターホン鳴らして制御を無視してズカズカと家の中に入って行くこと。「犯人この人です!」と突き出すのではなく、問題の中に入って見極めて手助けをするということだと思う。

下手したら自分の生活より助けてと泣いている子の衣食住を助ける勢いの人は、本当に助けている人だよね。よくボランティアをするならば物資を上げて終わりではなく、次に繋がるようにしなさいと言われる。自分の子ども達にも、手を出すならば最後までしなさいと教えているけど難しい問題。
キレイごとに聞こえるかもしれないが、次に繋げれないのならば意味がない。DVから逃げたいという人に対して「逃げたらいいやん」とか他人になればと言うが、クソはクソだから追いかけてくる。施設は施設で当たりはずれがあり自由がなくなる。

何こいつ?と思ったあなた、sakurabellは実は夫のDVで施設に逃げた過去あり。大人でも逃げるは大変なのに子どもならば、ましてや親からは難しいよねぇ~優しい瞬間もあるから「自分が悪いのかもしれない」「自分が変われば、我慢すれば」って思うのも事実。
昔は大勢で子育てをしていたから、逃げ道はあったのかもしれない。根本的な原因は解決しないかもしれないけど、ヘンに目があるから問題が悪化することはない。でも当事者からすると結局助けてくれなかったという気持ちは残るかもだけど…。

sakurabellは理由も知らないのにヘンにズカズカ入って来られて、問題を悪化させられるとムカつくのでズカズカは止めてほしい。だけど今から十数年前に暴れている夫に、隣に住む男性が家まで来て注意してくれたことがあったがアレは助かったから感謝している。あのまま暴れていたら今頃…ねっ?(苦笑)
それに比べたら最近は逆にエゴが多くなったように思います。だって今は何かあれば、個人情報保護法とかプライバシー侵害って言って終わらせるやん?意見も匿名で済むしネットという簡単さも手伝って、誹謗中傷の嵐でしょ?

そしてネットに特化した人が、特定班とか言ってプライベート情報を流すのも正義になってたりする。それってエゴだよね…。芸能人の本気のボランティアでさえ叩く世界だからねぇ~怖いよ(汗)しかし結局は【歌よ】の歌詞にある「私以外うまくいってるみたい」から生まれる妬みだったりすると思う。
だから中村佳穂さんが作詞した【歌よ】は、人の心に確信につく曲だなぁ~と思うのです。例えば…YouTubeとかで流れるカップル動画とか家族動画とかのVIOGは幸せそうに見えます。【あーなりたい】【あーしたい】【なぜ自分は違う】と思うでしょう。

でも結局は1日の中の切り抜きで、繋げているだけの作り物。嘘をついてる訳ではなくて、観たい人のニーズに応えるだけであるんだけど…それでも自分には無いものを持っているように思えてしまうのは人間の性なのかな。
事実sakurabellも老夫婦が寄り添って歩いてるのを見ると微笑ましいと思い、自分が我慢できてたら老夫婦のようになれたのではないか?と思うからね。機能不全家族で育ったから異様に家族に執着があって、憧れが強いのも事実だけど…老夫婦には老夫婦の乗り越えた過去があるのも理解しているのに羨ましいのよね。
【心のそばに】は鍵になる

竜へ贈られた曲は、【竜とそばかすの姫】の鍵となります。この曲は、ベルが竜の住む城に行き【美女と野獣】のように竜とベルが踊るシーンで唄われています。Azの前でも現実でも披露したことがなく、お城でしか唄っていないので心のそばに=竜となる訳です。
正確には竜の弟も聴いてたから、2人なんだけど…50億人のAzが居るUの世界から竜のオリジン(オリジナルという意味ね)である恵を見つける糸口になりました。だけどディズニー作品の中でも【美女と野獣】が好きな私は、ダンスシーンが流れた瞬間ボソッと「美女と野獣やん」と言ってしまった(;^_^A

最初に話した通り酷評もあり今回いらぬ情報を入れたくなかったので、本当に前情報なしで映画館に行ったsakurabell。【竜とそばかすの姫】を観た後に今回ベルのキャラクターデザインをされた方が「アナ雪」などを手掛けたジン・キムさんと知りました。それならば絵柄的に似ているは、百歩譲って仕方ない。
しかし作品が似るのは、どうなんだろうと思っていました。それが記事を書こうと調べていくうちに監督が「竜とそばかすの姫」を作る上で、「美女と野獣」が原点と言われてたのを見たのです。何も情報がない映画館では、オマージュ?パクリ?どっち?と正直焦りました。

「こんなに良い作品なのにパクリとかあかんやん」とも一人勝手に思っていました。でも結果パクリではなく、オマージュだったようです(苦笑)疑ってゴメンナサイ…。オマージュとは尊敬する作品に影響を受けて、似た作品を作ることを言います。だから今回はパクリでなくオマージュになるのです。
ちなみに竜が恵として出て来た時に???ってなってたのだけど、珍しく最後までは声優さんが分からなかった。新人?って思ってたのだけど、実は佐藤健さんだったのです!sakurabellは、佐藤健さんのデビュー作【電王】の時からファンなのです。

今の路線になってから照れくさくなって見れないドラマがあるのは認めるけど、一応出演するものは色々とチェックはしています。ちなみに佐藤健さんは出演する作品は少なかったりするのですが、自分が俳優として成長出来る作品にしか出ないと言っていました。
まぁ~最近は佐藤は佐藤でも、佐藤三兄弟の方が重き多いのは認めます(↓画像参照)認めますが、声優好きの声フェチの自分が佐藤健さんを気付かないなんて…なんというかショックです(´;ω;`)でも名前を知って、改めて竜の声を聞くと佐藤健さんやん!とはなるのはゲンキンだなぁ~と自分で思います…。

けれども【電王】の時から声の雰囲気も変えてしまうカメレオンみたいな俳優だったので、仕方ないかなぁ~と気持ちの落としどころを作って納得をさせております。しかし後日この記事を書くために【竜とそばかすの姫】情報を色々さかのぼって対談を見ていたら…。
佐藤健とバレないようにしていたと言ってるじゃないですかぁ~⁈それなら気付かない私が「普通?大丈夫そ?」と安心感を覚えたのは言うまでもありません。皆さんは、どんな役柄の佐藤健さんが好きですか?私は色々な役をやられても、俳優としての原点である【電王】の野上良太郎が好きです。

あまり仮面ライダーは得意でないんですが、あれだけは全て観た記憶があります。今の落ち着いた佐藤健さんもいいですけど、子どもっぽい姿が見れるのもいいですよね(笑)
ひとりでは生きられないと気付けた強さ
「誰しもが秘密を抱えている」このフレーズは、【竜とそばかすの姫】のキャッチコピーになります。下手したら、キャッチコピーではなくてサブタイトルかもしれません。でも予告で、このフレーズを聞いても普通はピンとこないと思います。逆に…このフレーズの意図に気付かないのではないだろうか。
助けたいという気持ちから竜のオリジンを見つけた鈴だったが、ベルとしてではなくオリジンの鈴だったため鈴を知らない恵に拒絶されてしまいます。その後ベルが自分だと恵に信用してもらうためにUの世界で、ベルではなく鈴として唄うシーンがあります。

「誰しもが秘密を抱えている」と分かっているのだから、恵のことも知らないフリをすれば済む問題です。過去のトラウマで自分は唄えないと潜在意識でブロックを鈴はしていました。けれど鈴は敢えて相手の秘密と向き合い、目をそらしていた自身の闇とも向き合います。
その秘密と向き合う時、鈴は自分から自分の闇とも向き合うことになる。過去のトラウマで自分は出来ないと決めつけていたブロックを解除したのは、出来ると信じて見守っていた忍くんと臆病だった心を解き放してくれた恵くん。

過保護に見守るのも大事だけど、出来ると信じて突き放すのも愛だと思わせる瞬間。鈴ならば出来るという忍くんの言葉は、母親の後を追いかけ川に入ろうとした鈴を助けた瞬間から見守っていた根底がある。鈴が困っている時は手を差し伸べるって、簡単そうで一番難しいけど、それが本当の【助ける】だよね。
そして鈴は、ひとりで生きれけないことを知る。鈴がベルだと気付き知っていた人は親友以外に居て、鈴が困らないように陰ながら見守り助言して支えていた。それが分かったからこそ、鈴は強く行動に出れたのではないだろうか?
まとめ
この映画は論点が色々変わりすぎて、凄い作品です。後日酷評を見たら人によっては、子どもが子どもを助けに行くのを見ていた大人を叩いてたり、ネット論争を言っていたり、鈴はどっちの男を取るのだとかなんとか…。言ってることは正しいことばかりだったし、やっぱ映画だから出来る部分もあったと思う。
子どもが助けに行って、逆に事件に巻き込まれたら?という不安を持つのは親としては普通の心理ではないだろうか?児童相談所を使って動くのが大事だったりするのも本当だけども、今動くことに意味がある時は難しい問題です。

sakurabellもDVで逃げる時は1~2日の時間が必要だったからね(笑)ただ最後の部分はネットは所詮ネットで終わらせずに、リアルに結び付けて鈴の片割れを助けに行くことに意味があったんだと思う。鈴のツインレイが恵だったのかなぁ~なんて、占いが好きなsakurabellは思っておりました。
どんなに拒んでも共鳴してしまう、惹かれてしまう相手。それは恋人や夫婦という枠組みだけでなく、親友の場合がある。だからこそ、三角関係とか下世話な設定はないのかなぁ~とか思ったりしてたのです。そして父親の言葉に「お母さんの子だから」というセリフがあったと思う。

ちょっと時間が経ちすぎてセリフが、うろ覚えなのだけど…そこで鈴は救われる。あの時理解できなかった母親の気持ちが少なからず分かったからだ。きっと、あの時も待てば救急隊が現れて子どもは助かって、母親も死なずに済んだと思うのだよね。
だけど助けに行かなかった時の自分が許せず、後先考えず今を大事に母親は動いたんだよね。その信念が娘の鈴にも受け継がれていた。タラレバの世の中で、後先考えずに動いたことは凄いと思う。そして鈴を信じ抜いた大人も凄いと思う。

現実問題で言えば大人も一緒に動け!!ってなるだろうけど、人から裏切られ続けた恵の心も救うには鈴が1人で動くが大事な行為だったんじゃないかなぁ~と思いました。それにしても、もう一度映画館でみたいなぁ~10月22日より4D上映が決まったようなので、目指すは4D上映かなぁ~(笑)
酷評がある【竜とそばかすの姫】ですが、sakurabellは良かったと思います。きっとsakurabellの目線が、親側よりは鈴や恵側だから、悪態をつかずに観れたのもあると思うのだけどね。でも酷評を読んでから観ても面白いかもしれない。

結果的に【竜とそばかすの姫】はネットの在り方など考えさせる作品になっていた。観て面白かったで終わるのではなく、家族とは何か?人とは何か?と考えさせる作品になったのは細田守監督らしく思います。ただねぇ~【サマーウォーズ】が大好きな人間としては、サマーウォーズのような感じも求めておりました(笑)
画像:【竜とそばかすの姫】の公式、フリー素材より